その日は僕のアパートでビデオを見ることになった。
いきさつはよく思い出せないが、彼女が映画館で見逃したものが
あったのではなかったか。
当時はまだ全ての家庭にビデオデッキが普及していたわけでは
なく、彼女の家にはまだなかったのだと思う。
しかし、一人男の部屋にビデオだけ見に来るというのは、よっぽど
信用されているものだと思った。
六畳一間のアパート。20年以上前のことだから、ブローリングの
ワンルームマンションというような今風のものではなく、風呂なし
トイレ共同の学生アパートだ。
彼女が僕のアパートに来るのは初めてだったが、特に掃除もせず
彼女を迎えた。
ビデオはアニメ映画が1本。洋画が1本。
狭い部屋だ。
食卓兼用のコタツと学習机で部屋にはさほどの余地は無い。
冬場だったので、そのコタツに足を入れ暖を取りながら見る。
そのコタツのテレビの正面になる特等席を彼女に譲り、僕は真横から
映画を眺めた。
1本見終えたとき、右に90度首を曲げる様子を見かねて、彼女が
提案した。
”並んで一緒に見よう。”
何となくの遠慮というか、それまでもできるだけ接触は避けるように
していた。仮に少々触れたところで、何事も起こさない自信はあった。
しかし、それで何かが壊れるのは惜しいと漠然と考えていたように思う。
”あなたの部屋で何を遠慮をしてるの?”
不思議そうにする彼女の言葉に従い、2本目の映画は並んで見る
ことにした。
小さな75センチ角のコタツだ。
並んで、というか寄り添うように映画を見る。
彼女の髪の香りを感じながら、21歳の僕は何を思っていたのだろうか。
多少の遠慮と緊張と。
でも我慢と自制の要素は少しも無かったのは間違いない。
彼女と待ち合わせをして出かける予定の朝。
やにわに電話で起こされた。
アパートの部屋の布団から飛び起きた。
その瞬間、待ち合わせの時間を30分も過ぎていること。かかってきた
電話が彼女からのもので、しかも当然ひどく怒っているだろうこと。
それらを瞬時に察した。
怒ったときの彼女の反応は激しいことはよく知っている。
恐る恐る受話器を取った。
とりあえず、寝坊と遅刻を謝罪した。
そして、落とされる雷を覚悟した。
しかし、彼女の反応は予想外だった。
”よかった。まだ部屋にいてくれてよかった。急いでバイクに乗って
事故にでもあったのかと心配した。寝坊で安心した。”
と、本当にホッとしたように言った。
その日、オートバイの後ろに乗せる約束をしていて、彼女の住む町の
最寄の駅まで迎えに行く予定にしていたのだった。
結局その日はオートバイでの遠出はあきらめ、互いの中間の町で
待ち合わせて食事をした。
他人の意外な一面を知ることは、より多元的に理解することであり、
よりその人に興味を持つことにも繋がる。
興味を持つことはそのことだけで好意の所為だともとれるわけ
だけれど、それを表立てにすることはなかった。
恋愛の対象にしない、ということで何でも気安く話すこともできたし、
その関係が十分に楽しかった。”好き”という一線を越えない
そのギリギリの心地よさに十分に満足していたのだった。
昔のこと。
大学の同級生だった。
文系だったから女子は多い。その中でも際立った容姿だった。
容姿というより雰囲気か。
綺麗だけれど、男を寄せ付けないという隙の無さ。
近寄る男をばっさり切り捨てるような態度。
少なくとも男に媚びるようなことはことはなかった。
今で言う草食系だらけの男子の中では、積極的にアプローチをかける
者もいなかったのではなかろうか。
当然僕には縁のないものと思っていた。
話す機会はあっても素っ気無くしていたように思う。
後から聞くと、その頃やはりいい印象は持たれていなかったようだ。
同級生の同じクラスではあったものの、選考は違うことで接点はあまり
なかった。
実際に話すようになったのは、僕が落とした単位の埋め合わせで受講
した集中講義がきっかけ。
その集中講義の打ち上げと称した飲み会に彼女はいた。
しかしながら、優等生だった彼女が講義を受けていた記憶は無い。
僕には専門外のその講義をしていた教官に、彼女は師事していた。
いきさつは忘れた。
ひとしきり盛り上がったその宴会の場で、彼女と何時間も喋った。
お開きとなる頃、「あなたとこんなに話せるようになるとは思わなかった」
と真剣な表情で言われた。
それについては、こちらも同感だったが。
それから、何の遠慮も無く、誘い、誘われる関係になった。
暇なときに電話をかけ、又は電話をかけてこられ、お互いに時間があれば
映画に行き、晩飯を食べ、飲みにも行った。
デートという気はしなかった。
お互いにそういう対象ではないという気安さがあった、と思う。
当時の彼女がこぼしていたのは、指導教官に対する愚痴で、それは
聞きようによったら、つれない態度の男に対する不満であったような気も
した。彼女は完璧に否定していたけれども。
そんな交誼はしばらく続いた。
それだけで十分楽しく、何も不満も無い時間。
そのバランスが崩れるようなことは、その頃想像もしなかった。

これは「孤高」の桜。
昨日撮ったもの。
西日本に属するこの地では、とっくに桜は終わっている。
だけど、この木だけは特別だ。
今年も会いに来ることができた。

今年、とうとう肩書きがついてしまった。
一方的に与えられるものとして、断ることはできないので、
いたしかたない。上昇志向には全く興味が無い。
昇進は人より遅れるものだと思っていたので、少し油断があった。
お陰で、急に増えた責任に戸惑っている。
加わる多忙は昨年以上。

もう一つ近況。
昨年の健康診断で、糖尿病の要治療との診断結果を得た。
病院での検査の結果、めでたく正真正銘の糖尿病と診断された。
遺伝プラス日々の食生活が原因らしい。
ビールを飲み続ける生活にもお別れかと思いきや、食生活は変えなくて
いいとのこと。

ただし、毎食前に薬を飲むことが条件。
食生活を守るため、ありがたく受け入れることとした。
しかしながら、いかにもの持病生活は、何となくいささか老け込む。

年度末から多忙が続いた。
期限がある仕事であるから、いずれ終わりが来ることは分かっては
いたけれど(というか、終わらせるのだけれど)、終わるまでの期間、
息継ぎなしで岸辺まで泳ぐかのような息苦しさがあった。
それも、何とか泳ぎぎった。
年度を跨ぎ、職場の陣容も変わった。
異動とともに、職場のポジションも一つ繰り上がり、少しはマイペースで
仕事ができるようになった。責任は増すが、ずいぶんと気は楽になった。

毎年桜を見るのは諦めているのだけれど、今年の天候不順の
お陰で、何箇所か見て回ることができた。これは嬉しいことだった。
そんなこんなで、多忙なのは変わらないが、いつもと少し気分の
違う年度初めだった。

年度末はいくつか送別会が企画される。
職場を去る人を見送る会だ。
今年は団塊の世代が定年を迎えるため、数も多かった。
基本、そういう席には出席しない。誘われても断るし、断れない場合も
たいてい記念品の贈呈などもあるので、そちらに一口かませてもらって
それで済ませている。
飲むことは好きだが、セレモニー的なものは好きじゃない。
しかし今年、はじめてその類の会に出席した。
その人と初めて会ったのは、いくつかの施設の管理をしている部署に
いたときのことだ。
当時、花苗や苗木を生産農家から頂けることになって、その窓口と
なってくれたのがその人だった。
真っ黒に日焼けをして、大きな麦藁帽子を被って現れたその人を
見て、僕は当然農家の一人なのだろう、と思っていた。
同じ職場の職員だと聞いたときには正直驚いた。
暑い日だった。
いくつもの施設に花を配り終え、汗だくになった僕たちは、勤務時間
にも関わらず、近所の温泉施設で風呂に浸かった。
今思えばおおらかな時代だ。
湯船に浸かりながら、その人は自分のちょっとしたハンディキャップの
ことを恥ずかしそうに僕に打ち明けた。
思うに、その頃から心酔していたのだと思う。
15年くらい前のことだ。
それから数年して、互いの異動を経てその人は直属の上司になった。
その頃の仕事は今とは違った意味で厳しいものがあった。
そして仕事以上に、さらに上の上司からのパワハラがひどい職場
だった。過去から現在までの経験を踏まえて、もっとも辛い時期と
だったと思う。
その人は不器用ではあったが、よく僕をかばってくれた。
パワハラだけに理不尽なことも多かったが、それ故に同じ釜の飯、
というもの以上の縁が築けたように思う。
その後は同じ職場になることはなかったけれど、その後も何かにつけ
声をかけてくれる人だった。
送別会の日、多忙の極みでもあり、無礼にも中座をさせていただいた。
最後までしっかり飲むことができなかったのは心残りだったが、
別れ際しっかり握手をした。
その人の最後の出勤日、業務時間終了、記念品の贈呈が行われた。
そちらにも一口乗っていたこともあり、その場を覗きに行った。
驚いた。
若手を中心に、数多くの職員がその場に集まっていた。
記念品も送別会同様、職場つながりの縁で行われることが多い。
しかし、今回は職場ではまったく縁も無かろうと思われる者までが
そこにいた。わが職場の中で、これほどまでに惜しまれる例を僕は
知らない。
まさに人望。
驚くのと同時に嬉しくなった。
その場も、最後までいることはなかったけれど、おそらくその一人一人と
がっちり握手をしていったのだと思う。
定年まで2年を残し職場を去る理由は、ご両親の介護だという。
心残りなく、見送りをしていただければ、と切に願う。

紅葉を探しに、山の方へ車を走らせたのは、もう2週間も前。
そろそろ身近な里に、下りてきたことだろう。
しかし、それを感じることのできない今日この頃。
まだまだ、多忙は続く。
いや、今以上に時間的余裕のないことは、以前にあった。
しかし、今のこの状況は何だ?
つまり、時間的というより、心の余裕の無さということなのだろう。

複雑な気持ち。
自分の中でも言葉に変換しがたい。
その温かさと、その柔らかさを。
そばにいたいと願う心。
それだけは確かでいて、
それなりにピュアなものだと思う。
いろいろな葛藤のバランスの上に成り立つものだとしても。
先週末は満月。
しかも天気が良かった。
10月の十五夜と十六夜(いざよい)の日、月を見るには絶好のポイントが
あって、そこで写真を撮りたいものだと思った。
しかし、土日ともに出勤。
遅い時間になると月が昇りすぎて、絵的にはつまらない構図になる。
できるだけ早く仕事を終えることを願いつつ、一眼レフを持ち歩いて出勤した。
しかし。
職場を出るときはいずれも深夜。
月はすでに南中の高さにある。
非常にがっかりした週末なのだった。
嵐の抜けた昨夜、ようやく見えた月を振り返りながらの帰路。
街灯もない、いつもの帰り道。
茂みの中に薄暗い光がポツポツと…。
不思議に思って立ち止まると、蛍光色に点滅している。
ホタルか?
でも、この時期に?カバンの中に入っていた懐中電灯で光の元を照らしてみる。
すると、予想していたホタルとは似ても似つかぬ、芋虫状の虫…。
しかし、その後部先端が、ホタルのように光っていたのだった。
マドボタル、というらしい。
帰ってきてネットで調べて判明した。
成虫よりも幼虫の方が光ることの多い陸生のホタル。
諸々腐ることの多い日常だけれど、こういう時にこそ出会える光もある。
十年以上毎日歩いている道だというのに。
多少は煮詰まっている日々だけれど、些細な光はとても嬉しい。
もう4年前に撮った写真。
こんな写真を撮りたかったのです。